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2006年7月19日 (水)

第一番 友ヶ島・序品窟

友ヶ島は大阪湾の南の狭い出入り口の紀淡海峡の Photo_11真ん中にあるノスタルジックでミステリアスな夢の楽園です。
古い昔に役ノ行者が開いた葛城二十八宿の序品窟からはじまる修験の霊場があります。
また、明治の中ごろから陸軍の要塞が造られ、今でも外洋にむかって六つの砲台の跡が残されています。

島の周りはどこでも磯釣が楽しめ、広いキャンプ場と島内余すところ無くはりめぐされたハイキング道を散策して、西端の友ヶ島灯台からの絶景を楽しみましょう。
友ヶ島汽船から桟橋におりたって、絶壁の上の遊歩道を東の端の虎島をめざして出発します。 Photo_304

Photo_21 朝の早い時間だったら、緑濃い照葉樹林には栗鼠が跳びまわっていますし、ひよっこり鹿の親子と出会うかもしれません。
絶壁の下の白い磯辺と真っ青なうちかえす波間をながめながら、ゆっくりと上下をくりかえして浜辺に降り立つとこの閼伽井があります。

Photo_23

ご覧のように今は干潮ですが、満ち潮になると虎島には渡れません。
干潮の時間を調べておきましょう。
大小の岩をつたって虎島の根元に着きます。
左へ崖を登れば島の頂上に達しますが、先に右へ磯伝いに序品窟にむかいます。

Photo_24

Photo_25 序品窟の入り口は体一つがやっと潜れます。
クラック状の巨岩の隙間に滑り込んで「妙法蓮華経序品第一」の石碑にお参りします。
奥の光は出口です。
右の写真は東側の出口です。

Photo_34
ここから、大きな一枚岩を斜め右に登って尾根に取り付けますが、最後の草着きが傾斜があって、もろい地質ですから、経験者のフォロウが必要でしょう。
上部の立ち木にロープを一本フィックスしてありますが、当てにはなりません。
尾根に着けば右よりの岩壁伝いに踏跡がありますが、最後は潅木をかきわけて観念壁の上部の砲台の空気坑の井戸が二つ並んでいるとこるにPhoto_305出ます。
右の写真は到着する少し前に見下ろした観念壁を横から見たものです。

普通は岩壁をつたって海岸線を進みますが、コノルートの経験者か、そこそこロッククライミングに達者な方のリードが必要です。
ルートファイデイングは、よく見ると岩肌が白くなったトレースらしいものを感じます。
大きな岩の間を飛んだり、海面の高さによって高巻きの必要があるかもしれません。
どうか無理はしないように・・・Photo_38

それでは観念壁の説明をします。
この岩壁は和泉砂岩で非常にフリクション(摩擦)がありますから、岩登りに達者な方ならロープを使わずに登っています。
降りは絶対必要です。
左図のようにリングハーケンがありますが、立ち木を使ったフィックスも心がけましょう。

Photo_308

50㍍のシングルでやっと観念窟にとどきます。

壁の下から三分の一のあたりに、紀州の殿様が刻ませた「友嶋五所額」があります。

 Dscn3330
悪禁殺生穢悪

友ヶ島五所
      観念窟
      序品窟
           閼伽井
           深蛇池
           剣池   
     
    
                                                                                                                      
                                                            Photo_312

天井は低いですが、広さは2,3畳あるでしょうか、横から入った左奥に「観念窟」と刻まれた石碑があります。
向こうの窓の下は垂直の絶壁で、下は紺碧の渦が巻いています。
上り下りは腕力にたよらず、特に降りは肩がらみ懸垂環を使うなど岩登りの技術を使ってください。
登りきった草付きPhoto_316で滑らないように・・・

左図 帰りの汽船からの撮影ですが、右側の○の中が観念窟です。
拡大してご覧ください。
上に戻って二つ井戸から北に50㍍ほど降ると行者像があります 。

Photo_317

潮の時間を考えて戻りましょう。
余裕があれば途中で深蛇池や第4砲台に寄ってみては・・・
剣池は沖合いの神島にあるので行けません。

全島を巡る時間はありませんから、民宿に泊まるなり、テント持参で南垂水海岸のテント場は快適ですよ。
井戸がありますから、Photo_40 煮沸するなり飲料水だけ持参すれば・・・Photo_318

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南垂水キャンプ場から島の頂上を目指せば、一番立派な第三砲台から展望台を巡って池尻浜から友ヶ島灯台にでます。
第二砲台も面白うでしょう。
対岸の淡路島を眺めて晴れ晴れした気分になれます。
海岸道路を通って桟橋に着いて全島一周はおわります。

友ヶ島汽船は'07年 3月から加太漁協(ダイヤ・運賃)が運営します。
Photo_445
潮位表で干潮の時間帯をお調べください。

<最寄交通機関>  
南海電車・加太線加太下車・加太港まで徒歩15分 

(続きを読む)へ

[編集] 歴史

友ヶ島は戦後、南海電鉄グループにより観光開発が進められ、同航路も南海グループの南汽観光が運航していた。

しかし2000年頃には観光客数が最盛期の1/5まで減少。2000年6月、南海電鉄はリストラの一環として、和歌山市に対し友ヶ島観光事業からの撤退と同航路の廃止を申し出た。これに対し和歌山市、地元観光業者、および市民などから反対の声があがったものの、2002年3月末には航路を含めた観光事業が全廃となった。

その内の航路については、元来、串本と対岸の紀伊大島間航路を経営していた「平井通船」が引継ぎの手を挙げた。その会社は、くしもと大橋開通で大島航路廃止になったことを受けて、南汽観光の航路へ引継ぎの手を挙げたようである。その「平井通船」は「友ヶ島汽船」と名前を変えて、運航を開始した。

運賃は引き継ぎ開始時に往復1500円設定と南汽観光時代よりも値下げしたが、しばらくして片道1000円、往復2000円と跳ね上がる。この状態で推移していたが、2006年に入って、地元の加太漁業協同組合が土休日・釣り人限定で漁船による片道700円のチャーター船事業を始める。運賃差もあったのか、これが影響して乗客減が目に見えるように進行し、さらに原油高と最初の運賃引き下げが引き金となって経営が苦しくなり、2006年11月末をもって友ヶ島汽船は廃業。定期航路が2度目の廃止の危機を迎える。

今回は前のように引き継ぐと名乗り出た会社などはなく、友ヶ島汽船は引継ぎ先を思案中。地元の加太漁業協同組合に移管する噂もあるが、不明。2006年11月下旬になって運航認可のこともあって、12月17日まで運航延長となった。その後、加太漁業協同組合が引き継ぐことがほぼ正式に決まった。

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