前章でお話したように,第四経塚からは境谷から根来寺または槌ノ子峠を越えるコースをご紹介したが、どちらも押川を経由していたが、現在はまったく使われていません。 しかし、百ちかくの子院、末寺を擁して第五経塚を挟んで行所を点在するこのコースの価値は計り知れないものがありますから、敢えて取り上げました。 低山、里山に類する山系ですが、相当な山野跋渉の経験者のリードが必要でしょう。
つづら畑・根来さくらの里~押川~土仏峠~第五経塚~倉谷山~今畑~中畑~神通 (約8時間) つづら畑又は根来さくらの里へは南海本線の樽井駅からバスの便があります。
最近('08春)信達岩出線(根来街道)の和歌山県側は大規模な道路付け替え工事がありました。
特急バスの根来さくらの里(道の駅)を南に向かいます。
新しいトンネルが出来ていますが、その手前の信号から旧道に入ります。
閉鎖された風吹トンネルから左へ押川(おしこ)に入ります。
この古い呼び方は、もう使われなくなって「十八箇秘所」と呼ばれた行所をかかえた押川の里の面影はえありません。
入り口の橋を渡らずにまっすぐ行くと新しく出来た農道ですが、橋を渡って右に登って部落を抜けると昔ながらの行者道です。
目の下に新しい広域農道がクネクネと走り休憩所も見えます。
やがてこの道も舗装された農道に出て200㍍ばかり進むと突然途絶えます。
これから細い踏跡を辿ります。
すぐに石垣のある所で左に移り、所々歩き難く踏跡が消えている所もありますが、200㍍ほどで植林に入って突き当った壁を10㍍ほど登ると広い林道になって右下に堰堤が見えます。
広い明るい谷間です。 前方の稜線の少し右にアンテナ塔がみえますから、最後ジグザグすれば根来から来る広い林道と出会います。
ここまで押川から1時間ばかりでしょう。 「根来山げんきの森」の看板の前で一息つきましょう。
ここから百㍍ばかりで右に出てきた尾根に土仏峠への古い道があるのですが、ここもブッシュで通れません。 そのまま広い道をつま先のぼりで二,三百㍍進んで右側に登れる所をみつけてください。 腐った木の階段があります。(マークが無くなって見つけ難いでしょう) 三十㍍ほど登れば山田越えです。
さあ、これからが今日の本番です。 この山系はおもに広葉樹の潅木ですから、静かな感じですが、葛蔓系のブッシュもおおいです。 ここから、しばらく急な尾根を登りますが、頂上らしい少し広くなったところのその向こうが土仏峠です。
「上朽仏山(千草嶽)492.5」の標識があります。 昔はこのように呼んでいたのでしょう。 この横から降りになります。 このコースは最近歩く人が少し増えて、踏跡もシッカリしてきましたが落ち葉の季節になるとまだまだ油断が出来ません。 しかし、テープを結んだマークが殆ど外されていますから、マークの間隔が200㍍も開くようでしたら少し戻って目標をさがす気構えをもってください。 しかし、リーダーの経験と勘にかかっています。 しばらく降ると鈍角に右折があります。 それからは山腹のトラバースが多くなりますが、ゆるい上り下りをくり返して最後は沈鬱な感じのコルにくだります。 真ん中の潅木に白い道標がぶら下がっているでしょう。 ここから今畑に降れます。
もう、ひと登りで開けたところに出ます。 第五番経塚です。
もと根来寺の山内にあったものが、ここに 移されたと古説にありますが、これだけ分かりにくい山奥にあるのは不思議です。
ここから、ちいさな尾根状のところを進んで最後に左へ少し登ると倉谷山の尾根に出ます。 左へ少し登れば頂上ですが、このあたりは潅木が低くて明るい開放感があります。 ここからはマークはありません。 しばらく降ると突き当たりの感じになって、右にまがります。 尾根が広くなって、倒木や落ち葉で踏跡が薄くなれば尾根の中央を歩けば、また踏跡がでてきます。 ゆるく降ってまた突き当たりの感じで、こんどは左に急な斜面になります。 ジクザグして森林帯に入ると山腹のトラバースになって最後は中畑からくる林道が二瀬川をわたる橋の袂に飛び出します。
(倉谷尾根は季節によって落ち葉で踏跡が判らぬことがあります。 マークもほとんどありませんから、頭の赤い境界標を目印にしてください。 50㍍~10㍍毎にあります) これから廃村今畑に行きます。
橋を渡って林道を登りだすと、すぐ右の斜面に眼を凝らしてください。 古い道があります。 少しは近道になります。 三百㍍ばかりで右に石垣のある小道にはいるのですが、曲がらずに進むと村の跡です。
今畑は戦国時代に土地の侍によって興され、近江の白髭明神を勧請し、また多聞寺も根来寺の末寺であったことから岩出方面の村々の信仰が厚かったようです。 一時は二十数軒あったこの村も十年ほど前最後に残った四軒も退散しました。
これは2003年ごろの廃屋です。 今は跡形もありません。
先ほどの石垣の小道をはいるとすぐ、もう一度右折してください。
右側の灯篭には文化元年(1804)岩出十四ヶ村の寄進と刻まれています。 この右手には2006年新しく多聞寺が建立されました。 廃屋になって崩れてしまった昔の寺に残されていた朽ちかけた毘沙門天の木像が祀られています。
再興なった方の努力には頭がさがります。
右の奥は昔ながらの石佛の群 れです。
さあ、戻って中畑に向かいます。
二瀬川の左岸の林道をどんどん下って橋を渡ってしばらくで中畑部落にかかります。 左手の最初の家に繋がる道に入ってすぐ、また左に上る小道を登ってゆくと山腹にしがみつくように鳥居とお社があります。
真ん中は立派な九頭竜明神で左は八王子社です。
右に小さな石祠が三つありますが、1700年代のものです。
中畑部落に入り、右に橋を渡って進むとやはり根来寺の末寺の来迎寺がありますが、今は村の集会所になっています。 しかし修験の里の中畑の由緒は立派です。
さらに下って神通の里に着く前に、右手の橋を渡って登れば、これも行所である浦上明神があります。
お疲れさまでした。 時間があれば神通温泉でゆっくり休んでください。 急行バスは遅くまであります。
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<追い書き> 最初に申し上げたように、このコースは二十八ヶ所中で抜群に難しいと思います。 そのために一般の方も取り組めるコースを紹介します。
神通温泉でバスを降りて、南にバス道を登ります。 左に第六経塚の志野峠への分岐を過ぎると池田トンネルが見えますから、そのまま採石場、焼却場の前を通って中畑峠になります。 少しゆるい登りを過ぎると左手は紀ノ川を見おろす晴れやかな眺めになります。 みかん畑が多いです。 小一時間で林道が尽きる手前に左に小尾根に小道が付いています。 倉谷山の登り口です。 途中、四等三角点を過ぎて、前述した分岐に着きます。 潅木の中にマークがたくさん付いていますから、見落とすことは無いでしょう。 左にしばらく下って右へ山腹を辿れば経塚です。
そのまま数分下れば、前述の最低コルです。 踏跡は薄いと思いますが、まっすぐ下りましょう。 古いマークがあるでしょう。 あまり右に寄ると渓に出ますから、真下にくだります。 渓が分かれている所に着きます。 対岸に黄色のロープがさがった降り口の標識が見えます。 林道を右へ、すぐに遮断機の手前の分岐を左に上ると今畑です。
略図を参考にしてください。
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「最寄交通機関」
南海本線樽井駅より南海特急バス・根来さくらの里下車
さわやかバス(泉南市)はつづら畑下車
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泉南市のコミバスは1駅手前で降りますが、料金の100円が魅力・・・
神通温泉からはJR熊取ゆきが1時間毎(これも特急バス)
押川最深部の下刈りの情報は本文に追加しました。
また、押川谷の左岸に農道が建設中です。
情報は続きに入れます。
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